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奴隷制・農奴制

 

マルクスは奴隷制と農奴制にかんして、両者共に生産手段の非所有形態(生活手段の所有形態)と捉えた『経済学批判要綱』までの認識を、1863年に根本的に変更し、両者を共に「生産手段が直接に直接的生産者……の所有として現存している形態」と規定し(『資本論草稿集』A、155、同H、599600)、この認識にもとづいて『資本論』の本源的蓄積論と地代論を完成させた。本源的蓄積論では「労働者が自分の生産手段を所有していることが小経営の基礎であり、……この生産様式は、奴隷制、農奴制、およびその他の隷属的諸関係の内部でもまた実存する」(『資本論』第1巻、新日本出版社、以下同様、1298)として、奴隷制と農奴制に内在する小経営生産様式について指摘し、地代論では、「そこ〔小経営生産様式〕では、土地の占有が労働者による自分自身の労働の生産物の所有にとっての一条件であり、またそこでは、自由な所有者であろうと従属農民であろうと、農耕民がいつでも自分の生活維持手段を自分自身で、……自分の家族と一緒に生産しなければならない」(『資本論』第3巻、1414:〔 〕内引用者)と規定し、土地占有と家族労働にもとづく小経営生産様式に対する重層的土地所有(土地占有と上級土地所有)関係による前資本主義的地代として、土地占有奴隷と農奴に対する地代を捉え、資本主義的地代との相違を分析している。

 マルクスは、1863年執筆の『剰余価値学説史』の草稿で、リチャード・ジョーンズの地代論と労働財源〔労働元本labour-fund〕形態論すなわち必要労働形態論との検討を通じて、奴隷制を含む前資本主義的剰余労働形態をすべて地代形態として捉えるという新たな歴史認識を獲得し、「すべての比較的古い形態では、資本家ではなく土地所有者が他人の剰余労働の直接的取得者として現れる。地代……は歴史的には……剰余労働の……一般的な形態として現われる。……この剰余労働の……取得の基礎は社会の一部分による他の部分にたいする暴力的支配(したがってまた直接的奴隷制や農奴制や政治的従属関係)である」(『全集』第26巻第3分冊、517518)と指摘している。この指摘は、土地所有者や資本家の収入の一部を自己の労働財源とする僕婢等の不生産的労働者を除き、剰余労働を担う直接的生産者の労働財源(必要労働)形態は、現物形態として自家生産・自家消費する形態か、または商品形態として生活手段を賃金によって購入する形態かのいずれかの形態となるが、前者の場合は生産手段を占有する小経営者にたいする地代的搾取、後者の場合は自由な賃労働者にたいする剰余価値的搾取に帰結するという認識にもとづいており、この小経営者には土地占有奴隷も含まれている(『全集』第26巻第3分冊、538539542)。この歴史認識は必要労働形態と剰余労働形態との相互関係認識を前提としており、小経営者にせよ、賃労働者にせよ、家族を構成し、未来の労働力を再生産する直接的生産者の次世代再生産的必要労働を含む完全な必要労働形態の負担者のみが恒常的剰余労働形態の階級的担い手とされている(『資本論』第1巻、293368969971977)。

 マルクスは、土地を占有せず家族を構成しない奴隷としの動産奴隷にかんして、家内奴隷の場合には、僕婢と同様の不生産的労働者として、剰余労働の担い手から除外し、古代ギリシア・ローマ社会に「散在」的に出現した奴隷制大経営の動産奴隷の場合には、その剰余労働搾取形態を大土地所有者による地代形態と規定し、家族を構成する土地占有奴隷の小経営にたいする地代的搾取関係の派生的形態と捉えている(『資本論』第1巻、580、同第3巻、1376―13771384―13851409―1410)。動産奴隷は次世代再生産者ではなく、次世代再生産的階級からの派生的階層にすぎないため、恒常的地剰余労働形態の階級的担い手たりえず、派生的剰余労働形態の担い手にすぎない者とされている。

 土地占有奴隷制と農奴制との相違にかんしては、マルクスの遺稿の編集作業の結果、その認識を反映していると考えられるエンゲルスの1887年の次のような指摘が参考になる。

「アジア的古代および古典古代においては、階級抑圧の支配的な形態は奴隷制、すなわち大衆から土地を収奪することよりもむしろ、彼らのからだを領有することであった。……中世においては、封建的な抑圧の源泉となったのは、人民から土地を収奪することではなくて、反対に土地にしばりつけて人民を領有することであった。農民は自分の土地をもっていたが、農奴または隷農として土地に緊縛されたし、また年貢を労働または生産物のかたちで領主におさめる義務をおわされた。」(『全集』第2巻、659

この指摘ではアジア的古代と古典古代に通底する階級関係の支配的形態を、土地から分離された動産奴隷ではなく、事実上土地を占有する奴隷と捉えると同時に、土地に緊縛された土地所有者としての農奴と区別している。奴隷も農奴も土地を占有し、小経営を編成する点は共通しているが、土地占有態様が異なっており、奴隷の土地占有は事実上の関係にすぎず、土地から分離した動産奴隷化が常に可能な形態であるが、農奴の土地占有は、土地所有権が土地緊縛による土地所有義務と結合して成立している形態とされている。

中村哲『奴隷制・農奴制の理論』(中村1977)は、このようなマルクスとエンゲルスの土地占有奴隷制と農奴制の歴史認識を再構成した著作である。この著作では、土地占有奴隷と農奴との相違について、前者をたんなる土地占有者、後者を事実上または法律上の土地所有者と規定し、前者の土地所有関係を奴隷主的土地所有内部の私的関係であるのに対し、後者の土地所有関係を、農奴の土地所有主体としての社会的承認にもとづいて、「司法上および行政上の諸職能が……土地所有の属性」となっており(『資本論』第3巻、658)、領主的土地所有に裁判、特に民事裁判や行政の機能という公共的、国家的性格が内属した関係と規定している(中村1977179188―190213―217、『資本論』第1巻、576)。

土地占有奴隷制から農奴制への移行は、土地資本投下を伴う集約的な小経営的生産力発展にもとづき、奴隷制的地代としての軍役動員や建設労働動員や動産奴隷動員等の労働力の土地からの分離と労働力収奪による賦役を含む地代形態から、農奴制的地代としての土地緊縛的労働力の地域内的賦役を含む土地結合労働力にたいする地代形態への移行をもたらし(望月1973583)、この移行は、奴隷制社会確立期以降の人口停滞化と地域経済にたいする奴隷制的支配の外延的拡大傾向から、農奴制社会確立期以降の人口増加と開墾運動を伴う地域経済の自立的な内包的発展傾向への転換をもたらした(青柳2007)。

晩年マルクスは、奴隷制と農奴制の再生産単位としての小経営生産様式成立の基礎を、自由な性関係を含む対偶婚を保障した氏族制的土地占有の解体と家父長制的土地占有による一夫一婦婚家族の形成と捉え、原始共同体末期に形成されるこの家族形態が女性に生殖(婚姻・出産)を強制し、剰余労働と次世代再生産的必要労働との両者の強制によって恒常的剰余労働搾取を実現しうる労働・生殖単位であるという認識を獲得した(『全集』補巻4291293463)。この認識を前提としてマルクスは、原始共同体末期に、土地の共同所有の内部に私的土地占有による小経営を内包した農耕共同体が形成され(『全集』第19巻、390402)、この農耕共同体の時期に、ギリシア・ローマ社会の私的土地所有とそれ以外の社会の国家的土地所有という二種類の上級土地所有の階級的形態の形成傾向が出現し、階級社会の類型的相違が成立すると捉えている。この歴史認識は、モルガン『古代社会』の未開社会末期の土地所有形態の指摘についての、次のような肯定的引用が示している。

「未開の高段階の終りごろ、趨勢は二つの所有形態、すなわち国家による所有と個人による所有とにむかっていた。ギリシア人のあいだでは……大部分の土地はすでに単独の個人的所有になっていた。」(『全集』補巻4312、モルガン1961378、傍点はマルクス)

この趨勢を前提とすれば、ロシアやアジアのように農耕共同体が中央集権的専制国家成立の基礎となり、アジアのように国家的上級土地所有が形成された地域の場合、国家的奴隷制と国家的農奴制が形成され、ギリシア・ローマやヨーロッパのように農耕共同体の解体による私的上級土地所有が形成された地域の場合、私的奴隷制と私的(封建的)農奴制が形成される(『全集』第19巻、389391392406407)。この国家的土地所有の地代形態については、すでに『資本論』の地代論でその認識が成立し、「アジアでのようにまさに国家が、土地所有者(および主権者)として、彼ら〔直接的生産者たち〕に直接に相対するとすれば、地代と租税とは一致する。……国家はここでは最高の領主である。主権は、ここでは国家的規模で集中された土地所有である。しかしその代わり、この場合には私的土地所有もなんら実存しない――といっても、土地の私的ならびに共同体的占有と用益とは実存するのであるが」(『資本論』第3巻、1385)と指摘し、私的土地占有にもとづく小経営にたいする租税形態としての国家的地代論が展開されていた。この国家的地代論を含む地代形態の認識は、モルガン『古代社会』の家父長制的一夫一婦婚家族の成立を前提とした二種類の階級的土地所有形態認識と統合され、小経営生産様式にもとづく奴隷制・農奴制の二つの基本的形態すなわち国家的奴隷制・農奴制と私的奴隷制・農奴制という総合的理論が晩年期マルクスの歴史理論として成立した。『資本論』の地代論と晩年マルクスの諸草稿の歴史認識とを統合して把握すれば、この総合的理論が再構成される。

中村前掲書は、晩年期マルクスの奴隷制・農奴制の総合的理論を再構成しつつ、アジアにおける国家的奴隷制と農奴制の歴史理論を検討している。この総合的理論の理解は、一部の論者のマルクス歴史理論解釈に見られるような灌漑農耕地域と天水農耕地域との地理的類型論とは異なっている。なぜなら日本は、灌漑農耕地域であるが、国家的奴隷制から私的(封建的)農奴制へと歴史的に変化した地域とされているからである(中村1977211225)。この歴史認識には、ヨーロッパの天水農耕地域でありながら、アジア社会と共通した中央集権的専制国家が形成されたビザンツ帝国やロシア帝国の歴史的特質をも理解しうるような形態変化の認識が含まれているが、奴隷制・農奴制の二形態を規定する具体的要因にかんしては立ち入った検討は行われていない。しかし晩年マルクスの『古代社会ノート』や諸草稿における階級社会形成認識を前提として、階級と国家の形成要因の歴史的相違を考察すれば、二形態の相違を規定する具体的要因についての歴史仮説が得られる。

マルクスは、原始共同体末期における人口増加の結果、「最も望ましい地域の占有をめぐる闘争が激化し」、「この共同体は、なんらかの仕方で、たえまない外戦と内乱のなかで死滅したのである」(『全集』補巻4312、『全集』第19巻、389)として、階級社会への移行を人口増加による望ましい地域の独占闘争と「外戦と内乱」の結果として捉えている。この認識を前提とすれば、奴隷制社会形成期における内陸交易圏支配のための闘争と地中海交易圏支配のための闘争との相違にもとづく階級と国家の形成形態の相違として、アジア世界の農耕共同体にもとづく専制国家化と地中海世界の農耕共同体解体による都市国家化との相違を捉え、農奴制社会形成期における地域経済の自立化と分権化の発現傾向の地域的相違を、内陸交易圏の統一支配のための遊牧民族活動とそれとの交渉と闘争形態の相違として、中央ユーラシア地域の直接交渉と闘争による中央集権的専制国家化と、西ヨーロッや日本を含む東西端ユーラシア地域の間接交渉による分権的封建国家化(『全集』第19巻、392、『資本論』第1巻、1224)および地域経済の内包的発展と人口増加による資本主義の前提条件の早期的形成との相違を捉えるという歴史仮説が得られる(青柳200910)。

なお奴隷制にかんしては、エンゲルス『家族、私有財産および国家の起原』初版(1884年)は、『反デューリング』論以来の動産奴隷階級論とそれにもとづく「古代的生産様式」観を継承しており、マルクスの土地占有奴隷制認識を継承してはおらず、その第4版(1891年)もエンゲルス自身の土地占有奴隷制認識(1887年)を継承してはいない。「アジア的生産様式」論争参加の多くの諸著作も、エンゲルスの動産奴隷階級論による「古代的生産様式」観を継承しており、家父長制的一夫一婦婚による奴隷の階級的再生産形態としての土地占有奴隷制とそれによる階級社会の形成と再生産という晩年マルクスが到達した階級認識は十分に理解されていない。動産奴隷階級論は、「階級」と「生産様式」の理解の不統一化と論争の原因となっており、それと晩年マルクスの階級認識とを区別することは奴隷制・農奴制の歴史理論の正確な理解に不可欠である(青柳200910)。   (青柳和身)


 

青柳和身2007「ヒックス経済史の理論的意義(1)〜(3)」『岐阜経済大学論集』第40巻第23号、第41巻第1

――――200910「晩年エンゲルスの家族論はマルクスのジェンダー認識を継承しているか――生産様式論争のジェンダー的総括――」『岐阜経済大学論集』第43巻第13

中村哲1977『奴隷制・農奴制の理論』東京大学出版会 

望月清司1973『マルクス歴史理論の研究』岩波書店

モルガン1961『古代社会』下、岩波書店      

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